『ビン牛乳のフタを集めていた話 – 思考の墓場 サルガッソー』を読んで思い出したのだけど、小学生のころの話。確か4年生くらいの時期だったような覚えがあるのだけども、私の学校でもビン牛乳のフタを集めるのが流行った。
当時は母親が牛乳配達のパートをしていて、それに付き合わされる形で手伝わされていたので、新商品のフタを仕入れることも簡単だった。配達する予定の牛乳が余ることがあったり、お試しで配る新商品が多めにあったりでフタ集めには困ったことがなかったのだ。あ、余った商品は返さないでも良かったのでそのままいただけたということ。
おかげさまでクラスではちょっと鼻が高い状態だったような。
配達していたのは明治牛乳だったのだけど、他のメーカーのものはトレードすれば良かったわけで、ガキの分際で「持つ者は優位な立場になる」ということを実感した時代でもあった。
集めたフタは『パッコン』と呼ぶゲームで使用していた。ルールは、机の上にボーリングのピンのようにフタを並べて息を吹きかけてひっくり返すという単純なもの。お互いがフタを出し合って並べ、ひっくり返ったものは自分のものにできるという感じ。机から落ちたフタは対象外。
どう息を吹きかければ机から落とさないでその場でフタがひっくり返るかというテクニックの研究で、日々を過ぎるような状況だった気がする。あれ、結構難しいのですよ。「ふぅ〜」と吹けば飛んで行ってしまうので、一気に息を「ぱっ!」という感じで吹くから『パッコン』と呼ぶことになったのだった。ゲーム名称は後付けだ。
それにしても、先にリンクしたエントリだけども『ギュッパ』とは呼んでなかったし他の名称も使ったことはなかったなぁ。ネットのなかった時代にあちこちで同じようなことが流行ってたというはおもしろいし、多分地域が違っていて呼び方とか遊び方のルールが違ったりとかもおもしろい話。
そうして当時の明治牛乳の代理店をしてたご夫婦が友人の借金の連帯保証人になってしまって黙って店を畳むことになったことを知ったということも思い出してしまい、複雑な気持ちになってしまったのであった。そんな大人の事情を小学生のころに知ってはいけなかったのだ、きっと。