あげさんが虹の橋を渡ってから半年が過ぎた

あげさんが虹の橋を渡ってから半年が過ぎた

毎月29日は月命日なので、今日はスーパーに行って少しお高めのサーモンの刺し身を買ってきた。まぐろも買ってあげたかったけど、なんとまぁ品切れで。ただ、あげさんはサーモンも大好きなので文句は言われないだろう。

半年という月日が流れるのは、あっという間だ。あっという間過ぎて、ゴールデンウィーク開始当初からの出来事を昨日のことのように思い出してしまう。

写真を観ながら「幸せでしたかどうでしたか」と問いかけることが、ままある。

仕事や日常生活に支障はないのだけども、一部に返事をしなければいけないようなリアルお手紙などが溜まっていて、でもそれにはなかなか手が付けられないでいる。読める文章と読めない文章があって、後者を処理しようとすると気が重くなる。だからまぁ、放置している。

必要最小限の脳内割当を行って、残った領域にはあげさんが居るもので。これは当面、解消しないと思う。待っている方々には申しわけない。

焼いてもらったお骨の一部を銀のペンダントに入れ、外出時には常に首からぶら下げて一緒に動いている。何かあったら手を当てて話しかける。

不思議なことはあるもので、最近で云うと「○○が痛いねぇ」などと声を掛けると痛みが消えたり、「お昼ごはん食べて眠いけど大事な仕事があるんだわ」なんてこと云うと眠くならなくなったりする。というか、お昼は常に眠かったのだけど、ここ10日間以上まったく眠くならないので、本当に仕事がはかどっている。

少年誌の通販広告にある、幸せのペンダント状態である。背も伸びる可能性がある。

いろいろと不思議な事象に遭遇するものだから、いつもなにかあったら「ありがとうね」というクセがついた。以前にもどこかで書いた記憶があるのだけど、あげさんが虹の橋を渡ってからと云うもの、私がなにか(だれか)に向けて発する「ありがとう」の数はすごい分量になっている気がしている。

たまに自身で「気持ちわりぃなー」などと思うこともあるのだけど、まぁこれで困る人も居ないだろうしヨシとしている。感謝することはとても大事だ。

おそらくきっと、当面の生活様式はそのまま継続するだろう。どういう形であげさんに関わるあれこれを消化できるのか、答えが見えていない。たぶん、涙が出なくなったらそうなのかなとは思うのだけど、意識してないままでもなにかのきっかけで「あれ?」みたいな状況になってしまうのが現状だ。

今日はお仕事にてややこしい案件が複数あったのだけど、ほぼパーペキに処理できたと思う。あげさんが手伝ってくれたおかげだ。ほんと、ありがとね。