どこに住んでもやることは同じだけど


都会 vs 田舎的な話題が一部で盛り上がっているのだけど、匿名性を維持できる都会での生活と云うのは本当に楽です。私の場合は両親共に西日本の田舎出身なのだけど、亡くなった父親が今で云うところの転勤族だったもので、故郷と云うものがない状態。これまでの人生の中でいちばん長く住んだのは大阪にある某ニュータウンと、今住んでいる渋谷から歩いて帰宅できる住宅街がほぼ同じ年数。

必要以上に個人に干渉してくる田舎は本当に嫌いで、子どもの頃に母親方の実家に遊びに行くとなれば、どこに行っても誰かから「○○ちゃんトコの子かー?」と声を掛けられる。道を歩いているだけで声を掛けられて「おお、そーかそーか」とか。なぜかそのまま苺のビニールハウスに連れ込まれて「好きなだけもってけ」だとか云われたり1

そういうのが嫌で1人で田んぼの横にある用水路でザリガニ獲って遊んでいても、通りすがりの知らないおばはんに「○○さんちの子かねー」と声を掛けられる。雑貨屋さん(生活用具やパンなどを売ってる徒歩 10 分圏内唯一のお店)に行けば当然親族の話題を振られて喋る羽目になる。町(街じゃないよ、町ね)に出ようと思えば1時間に1本あるかないかのバスの乗らないとダメだし、仮にお金があってタクシーを使ったとしても運ちゃんに「おー」とか云われることであったろう。

ちょっと田舎に行くだけでそういう目に遭うのが苦痛で苦痛で、よくもまぁそんなところに住めたもんだよなと。おかげさまで、私の場合は余程の要件がなければ田舎に行くことはなくなった。この段階でまだ小学生の話。弟連中は馬が合うようで昔から現在に至るまで頻繁に遊びに行っているようだけど、レアキャラの私はもう、親族の中できっと異端児扱いされてることだろう。それでまったく問題ないし、できればもう存在を忘れていただいても良いのですけどね。

決定的だったのは、上京してフリーランスで動き出して数年経ってから父親が亡くなったとき。私が喪主をすることになったのだけど、お通夜のときに当然のことながらいろんな親族の方が私に声を掛けてくるわけです。その中で、とある方が私に対して「○○くんは彼の息子なんだし東京で仕事しているし親族としては大いに期待してるので云々」とかなんとか云われたことだった。東京で仕事してたら何ですのんって感じ。“都会で仕事してるなんてすごい!”というだけの簡単な話なのだろうけど、ぶっちゃけ鳥肌立つくらいの言動で一瞬固まった気がしたのであった。

結局何がここまで思わせるのかって話なのだけど、田舎に行くと必ず接頭語として「○○さんちの」だとかそういうのが付いて回ることなのよね。もう匿名性を保持してそんな中で生活できるわけがない。クリームパン買っただけで「○○ちゃんクリームパン買ってたよー」だとかバラされて、買い物から帰ってきたおばさんに「クリームパン買ったよねー」とか云われてもう。○○さんちの子はクリームパン好きだってのがあちこちに流布されるのであるよ。本当は2色パンが好きなんですけど。

とにかく田舎では好き勝手させてくれない。ちょっと目立つとすぐ誰かに知られてしまう。まさかの人までが、なぜか私を知っている。生き辛いったらありゃしない。もし私があそこで生活していたら、もれなく完璧な引きこもりになっていた自信がある。もしくは猛勉強して違う土地の学校に行って、親族の誰もが行ったことのない土地で就職してだとか、そういうことをしていたに違いない。現実でそれにかなり近い環境を構築したんだけども、まぁそういうこと。

実を云うと山が見えるところで暮らしたいとはずっと思っていて、だから田舎の生活でもまったく構わないと思っている。親族やそこに関係する他人がいないところなら問題ない。あの忌々しい接頭語が付かないのであれば大丈夫。なんだかだで近所付き合いは好きだから。今は匿名性の高いところに住んでいるけれど、それは他人からの過干渉を受けないということを簡単に実現できるのがメリットだからかな。

ここ数年で買い物のほとんどがネット経由になったわけだし、娯楽に関してはそこであるもので問題ない。ジャスコに車で行ってフードコートでたこ焼きを食べるという娯楽でも別段構わない。個でいることができて過干渉を受けないならどこでも良い。スタバなんていらないし、いちばん近いマクドナルドが車で 15 分とかでも気にしない(まぁ行かないだろうけど)。ともかく、あそこやあそこで住むなんてのはありえない話。

ああ、上京して感じたいちばんのメリットって、もしかして深夜アニメの充実ぶりだったかもしれん。大阪在住時代によく観ていたお笑い番組を犠牲にした報酬はこれだったかも知れない。生活の本質には関わらんことだし、つまるところ都会で住むなんてこんな程度という認識で生きてます。ともかくは、知らない人ばかりのいる自然に囲まれた土地で生きたい。

ちなみに大阪在住時代、一時期数年ほど(大阪の中では)田舎的なところに住んだことがあったのだけど、そこはそこでアレだった。新築のハイツの1階を借りたのだけど、借りて最初の休日にベランダ側のカーテンを開けたら知らないおばはんがベランダの柵を乗り越えようとしてました。びっくりして窓を開けて「な、なんですか」と声を掛けたら平然として「ここってどれくらいの広さなん?」だとか「家賃とかどれくらいなん?」とかいろいろ聞かれました。敷地内に入ってベランダまで乗り越えて間取り確認しようとするおばはんとか、マジで怖いですよ。

ところでなんだっけ……都会 vs 田舎の話か。基本住めば都なんだからどっちでもええがなとは思う。地元でずっと住んでることが無理なら転勤のある企業に勤めるであるとか、一念発起して脱出するとかそういうことするしかないよなぁ。両親や親族の関係で難しい人もいるだろうけど、自身がそれで潰れそうなら黙って脱出するしかないよね。隣の芝生は青く見えるもので、知らない世界は羨ましく見えてしまうしなぁ。自身が動かないとなんともならんというが真実なのだと思う。

つまんないと思えば都会だろうが田舎だろうがつまんないし、楽しいと思えば都会でも田舎でも楽しいし。他者の過干渉さえなければ、誰でもどこでもそれなりに満足して生きていけるんだと思うんだな。誰かの過干渉に捕われている間は、どこに居を構えたところで息苦しいことに変わりないのだと思うよ。田舎的過干渉からの脱出をできるかどうか、それが問題なのだきっと。

というようなことを、『都会と田舎の比較の話が出るととりあえず絡みつく』を読んで思いました。

  1. これを「ラッキー」だとは思えないひねくれた子どもではあった。 []