図書館と知との出合いと市民価値の向上と

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武雄市図書館の話でよく出てくる、『知との出会い(本との出会い)』であるとか『市民価値の向上』であるとかという言葉。これがどうしてもしっくりと来ない状況だった。いや、「だった」じゃないな。今でもそう考えている。

理由は簡単な話で、例えば『知との出会い(本との出会い)』について。現在の武雄市図書館のあり方を作った現武雄市長は、ブログで以下のように書いている。

そもそも今回の図書館構想では「本との出合い」を最大化すると何度も言ってます。なので、旧来、「開架 8万 閉架10万」が基本「開架 20万」というの図書館に変えています。

佐賀新聞の対応は評価したい : 武雄市長物語

開架数だけで出会いが増えるならそれはそれで良いことだけど、実情はそうでもないようで。高い書架で係員にはしごを使ってもらわないと読めない本があるという段階で、それはどうなのかと思う。本の分類方法も独自のもので、それがこれまでの図書館慣れした方々にとっては不便この上ない状況とのこと。

特に問題となるのはやはり、子ども向けの本に対象者である子どもの手が届かないという部分だろうな。そのくせTSUTAYAで販売される子ども向け書籍は、子どもでも手が届くという配置。『商品との出会い』であれば問題なかったかもしれない。

 「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」「フランダースの犬」「三国志」「西遊記」といった子ども向けの本が、大人の背丈よりも高い位置に並び、傍らには「係員に声をかけて」の表示が。子どもは一人で好きな本を選ぶこともできない。

 背表紙を眺めながら気になる本を手に取る「ブラウジング(閲覧)」は、コンピューターによる蔵書検索システムでは代替できない「知との出合い」だ。はしごに登らなければ何が並んでいるかさえ分からない武雄の高い書架は「開架」でありながら、実質的に「閉架」といえる。

佐賀・武雄市図書館に行ってみた(上)「公共」置き去り?、カフェ併設来館者3倍に:ローカルニュース : ニュース : カナロコ — 神奈川新聞社

武雄市図書館において、本当に『知との出会い(本との出会い)』は存在するのか。他の図書館と比べて、その部分に圧倒的な優位性があるのか。その部分に関しての疑問は未だに持っている。

そして『市民価値の向上』に関して。

文字通り受け取れば、武雄市民の受ける恩恵が増えるということなのだろうけど、結局のところ何が増えたのだろう。開館時間延長であれば別に武雄市図書館に限ったことでなし。開架数の多さであれば、先に書いたように実質閉架と変わらないところがあり。カフェの1つで受ける恩恵……これは一部が喜ぶただのオプション。商用施設を導入したことで一部の市民に好評でも、一方では民業圧迫を行っているという見方もあるわけで、武雄市民すべてが恩恵を受けているとは言えないのではないか。

観光地としては成功していると思う。いつまで続くかわからないけれど。市外からやってくる、雰囲気を楽しんでお茶を飲む人が多いのは喜ばしいことでしょう。販売されている雑誌の立ち読みならぬ座り読みをしつつ、スタバでお茶を飲んで帰る。それはそれで良いと思うけれども、だからと言ってそこまで含めて「図書館利用者が増えました」はないですよね。

 武雄市図書館をどう評価すべきか。実は、その問いは、「評価軸」の欠如という日本の図書館全体を取り巻く問題に直結する。

 指定管理者制度に詳しい神奈川大の南学特任教授は「来館者が多ければそれで良いのか、ということが問われていない」と話す。3・2倍に増えた武雄の来館者数には、スタバやレンタル店だけの利用者も含まれているのだ。

佐賀・武雄市図書館に行ってみた(下) 来館者増、本当に「高評価」?:ローカルニュース : ニュース : カナロコ — 神奈川新聞社

理由はいろいろあれど「図書館に足を向けてくれた」という事実はあって、しかし問題は「そこにある『本』に向けて足を運んのだかどうか」という、もっと根本的な部分で考えてしまうわけです。お茶を飲みにくる市外の方々が増えた観光地において、それが武雄市民の価値の向上に繋がっているのか。どうなんですかね。

やはり、あそこは図書館機能付きブックカフェなのだと思うのだよなぁ。

そういうことをつらつらを考えていたのだけど、今日『出現! “図書館都市” – NHK 特集まるごと』を読んでちょっと驚いた。そこには『知との出会い』や『市民価値の向上』があるではないか。武雄市に言われて首をかしげていたものが、北海道は恵庭市にあったらしい。

わざわざ図書館にカフェを併設しなくても、気に入ったお店で手軽に本が読める。地元企業にやさしく民業圧迫という言葉も無い。蔵書が少なくても専門的だから、それを目当てに市外からお客さんが来る(『本』目当てでお客さんがやってくる蕎麦屋!)。年単位の時間をかけて『本』が身近にある町おこし。これが本当の『(そこに住む方々における)市民価値の向上』なのではないか、とか。

どこもかしこもそれを真似すれば良いとは思わないのだけど、アプローチの仕方で面白いことができるのだよなとすごく感心してしまった次第。ちなみに北海道まで行かなくても、武雄市の隣には真逆の運営と言っても良い伊万里市の図書館がある。

今後の図書館のあり方がどうなっていくのかはわからないけれど、少なくとも『本』が目当てとされない図書館なんてのは、図書館ではないよねと思う。