まろさん22歳の誕生日

テーブルの下で寝るまろさん ねこ
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まろさんは今日で22歳の誕生日を迎えた。昨年の誕生日以降、「日々を元気に何事もなく過ごせるよう」という願いをしながらここまで来た。

年々月日が流れるスピードは増すように感じるのだけど、まろさんに関しては5月連休明けくらいからこの日までがすごく長く感じたように思う。

あげさんが20歳と11ヶ月で虹の橋を渡ったこともあり、私の中での区切りが「まずは誕生日まで生きよう」などと漠然と思うようになっていて、だからか今日という日がとても遠く感じて。6月中はことあるごとに「来月はお誕生日だねー」とまろさんに声を掛けていた気がする。

そして誕生日はきた。うれしい。

いつも書くことは「目は見えない耳は聞こえない」ということで、この状態で普通に過ごせていることは私にとって、奇跡に近いように感じている。むろん、動きやすくするために模様替えなどほとんどせず、いつもの感覚で屋内を動き回ることができるように配慮はしているつもり。それでもなにかが変わってしまっていることはあって、しかし、すぐに順応してくれる。

ここ1年ほどは吐きそうになる気配を察したら、一応「できたら廊下で吐こうかー」などと声を掛けてみるのだが、不思議なことにいそいそとフローリングの廊下まで歩いていって吐く。耳が聞こえないのになぜだろうといつも思うのだけれど、これはきっと、あげさんがアシストしてくれているのだろうと考えるようにした。彼女は私の云うことをとてもよく聞いてくれる子だったので、たぶんきっとそうなのだ。

台所で夕食を作っていると、いつもの部屋の方から鳴く声が聞こえることもある。急に人の気配が消えるので不安になるのだろう。これも不思議なもので、事前に頭でも撫でながら「台所行くねー」などと声を掛けておけばほぼ問題がない。なぞだ。

それでもやはり、鳴いてしまうことがある。そういうときはすぐに戻って抱き上げてぐりぐりするのだけど、それもままならないときは「あげさん、ちょっとまろさんの面倒見てあげてー頼むわー」などとつぶやいてみたりする。

そうするとまぁ、鳴き止んだかと思うとテーブル下の箱の中で寝ているわけで。あげさん有能。えらい。などという、オカルトチックな状況も多々経験することになっていたりするわけで。世の中は不思議なことばかりだ。まろさんをみなで守ってるような感覚をおぼえる。

おかげさまで今もなおすこぶる元気なのである。一時期調子が悪そうな状況になって不安だったのだが、それは肛門腺が詰まっていたようで腫れていたのが原因だった。ある日帰宅したらあちこちに血があってとても慌てたのだけど、それは腫れた肛門腺が破裂して血を噴いていたからであった。速攻で病院にて治療してもらうことになったが、完治して以降は急激に食欲が増したようでよく食べること食べること。

よく食べてよく水も飲んで、ほぼほぼ定期的に大きいうんこを出して明け方には鳴いて起こされる。あげさんが居たころからそうだったもので、もう明け方に起こされるのは慣れた。むしろ、「いつも通り」が毎日あることをとてもうれしく思っている。

「いつも通り」がいつまで続くかはわからない。日々の積み重ねという言葉はよく聞くフレーズだけれども、明日からも「いつも通り」を積み重ねていければよいなと、そんなことを願っている。

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