大津市で起きた中学2年生の自殺事件を知って
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小学生の時に数年同じクラスだった同級生(N君)がいて、お互いの弟も同級生だったことがある。N君はちょっと荒っぽいのだがどうにも憎めないヤツで、でもただ親友というレベルでもなく微妙な距離でのお付き合いはあった程度。弟との絡みで一度だけN君の家(公営団地)へ遊びに行ったことがあって、なぜかすごく歓迎された覚えがある。4人兄弟だったかで、末っ子の部屋は押し入れの中を改造した狭いスペースだったことに爆笑していた気がする。

中学校も同じところだったのだけど、クラスは違って疎遠な関係になる。ちなみに中学校では他の地区だった小学生も通うことになるところで、生徒数は単純に倍となった。クラスが増えて離れると話す機会も減るのだけど、お互いの弟同士はずっと仲が良かったようだ。

N君は中学校の1年から実力を発揮することになり、所謂番長と呼ばれる人になる。他校から来たヤンキー(今で云う DQN)も締められることになり、いきなりお山の大将的存在。私はそういうことに全く縁がなかったので「ふーん」くらいに思ってた。2年生の時にはヤンキーグループの中で恐らくはいちばん変なヤツと同級生になるのだけど、妙な距離感で弄られるという感じだけで過ごすことになる。

私はどうにも一部の生徒にとってはうざったい存在だったらしいのだけど、大きな喧嘩や目に見えるようないじめがあったわけでもない。(DQN グループとは別のヤツらから)一度ロープで縛られて廊下に放り出されたこともあったのだけど、そこからの復帰後には掃除用具入れに主賓となる方を押し込んで扉を下にして倒して数回蹴飛ばした後そのままお昼休み時間を過ごしていただくというお礼なぞしたことあるのだけど、そういうのを見ていてもN君率いる DQN グループは干渉して来なかった。もちろんその後は先生におもっくそ怒られてぶん殴られることになったけど、まぁ後悔はしてない。

後日、どうも DQN グループはN君の指示により、でゅらはん家の人間には一切手出ししないで関わるなという命令が出ていたらしいことを知る。本格的に悪さしまくるヤツらばかりだったのだけど、そういうところへの誘いもなく、何かあったときだけ裏から手を回してくれていたらしい。小学校時代に少しだけ仲良くしてたおかげのようだけど、きっと弟のおかげのほうが大きいのだろうな。

もしかすると、小学校時代の授業参観で先生から「日本にある島を教えてください」という質問を当てられて困っていたN君に対し、後ろから私が「徳島や、徳島」と教えて赤っ恥をかかせたのが効いていたかもしれない(ギャラリー爆笑)。いや多分、あの事件で仲良くなったような気がしないでも。N君のおかげで普通に勉強できて進学できたんだよなと、たまに思い出しては懐かしい気分になっている。

大津で起きた中学2年生いじめ自殺事件。

自殺練習事件 「学校から口止めされている」「テレビにしゃべるなと言われたが、話す。学校はせこい」 – (´A`)<咳をしてもゆとり』などを読むともう怒りしか出てこないのだけど、どうしてここまで行ってしまうのだろうと考えてみたりもする。

時代が違うと言われたらそうですねとしか言えないのかもしれないけれど、私の時代にはそういうことがなかったように思う(ニュースになってないだけかもしれないけれど)。DQN には DQN なりの秩序があって、先生は先生でこっちがやらかしたらぶん殴ってきたし、親は親で実はちゃんと見ていてくれたようだし、いやうちの親なんて学校の先生だけでなく塾の先生にまで「アフォやったらぶん殴って結構ですはい」なんて感じで投げてたし。それが自制するための一部分にはなってたよなぁとは思う。こういうの書くと今ではやはり拒否反応起こるのかな。まぁここはいいや。

この手の話になったとき、「嫌なら学校行かなくていいんだよと教えろ」だとか「やり返してもいいんだよ」とか言う人がいる。確かにそうなんだけど、実はそれはいじめられる側からするとものすごく気合いや根性が必要であるということを強要しているのだよね。私は先にも書いた通りやり返すことができて収まったけど、それができる環境があったということも大きいのですね。エスカレートしてもおかしくなかったところでのN君の存在があってとか、実はチェックしてくれていた親の存在とか。変なこと見つけたら容赦しなかった先生の存在もある。

問題が起きたときに大人や友人が助けてくれる社会だったから私は多分助かってるのであって、今回の大津の事件のように警察や教育委員会までが助けてくれないとなればですよ。死ぬしかないじゃない。自身が今現在いじめられていることに関してカミングアウトするということに関して、それがどれだけ心を揺さぶるか、なったことが無い人にはわからんよ。単純に「こんなこと親に言うのが恥ずかしい」という理由だけで黙ってしまう子どもがどれだけいるか。

私などの場合、守られていることがなんとなくでも分かっていたら抗うことができたし、それからは何も起きなかったのであって、それさえも感じることができなかったら四面楚歌の雪隠詰めですよ。複数の人間に対してひとりで抗うということは、誰でもできることじゃない。唯一の抵抗が死を見せることだったのであれば、それを尊重するしか無いでしょう。大津の学校関係者や警察関係者は夢にうなされると良いと思うよ。心の底からそう思う。

「逃げたいことがあったら教えてね」だとか「最近どんな感じか教えてね」とか「あなたが今考えてるコトは恥ずかしくないんだよ」とか、そういうことを言ってあげて汲み取って、悩んでいる子どもがいたら周囲の大人は守ってやれよ。そういうこともできないような社会なら潰れちまえ。クズばっかりだな本当に。

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