大きな事件のあった日が祝いの日であること

もふもふあげさん 社会
この記事は約3分で読めます。
スポンサーリンク

東日本大震災から5年となる3/11、埼玉県の中学校では卒業祝い給食を行うかどうかの是非が話題になっていたけれど、異論を唱える教師の思考が理解できないのはすでにあちこちで話題になっている。

今年は学校現場から「震災のあった日にお祝いなんて非常識」との意見があり、市教委は「さまざまな先生がいて、ご意見もある。

(中略)

市内中学校の男性教諭は「給食も教育の一環。学校でやることと、誕生日などの個人でやることは違う。なぜ日程を変えられないのか。震災の日と卒業のお祝いの日と分けて物事を考えて良いのか」と問う。

誕生日祝えない?3月11日の卒業祝い給食賛否 教諭「給食は教育」

いや、そこは分けていいだろ。それで不愉快な気持ちになるような人の方がおかしい。大きな災害を踏まえたとしても、今生きている人たちが前向きになることできるような教育をすりゃええんですよ。

私が生まれた日というのは日航機墜落事故のあったあの夏の日です。日本の学校であれば夏休みの真っ只中だろうし、企業でもお盆休みで休暇になるところがあるんだよね。だから今回のような話題はまず起きないのだけど、それでも誕生日の人間としては「朝からテレビ付けるとすでにしめやかな状況」「帰宅してニュース見たら黙祷で始まる」というのがずっと続いてるわけです。

日航機墜落事故に関してはまったく関係していないはずなのだけど、事故発生からずっと自身の誕生日でそんな雰囲気になっていたら、なぜか当事者のような気分になるもんなのですよ。実際、トラウマまでいかないにしても、何かがいつも引っ掛かってもやもやするということが続いていた。

結局そういうのは自身の中で区切りを付けるしかないわけで、日航機墜落事故に関していうと自身と切り離して考えることができるようになったのは当事者でもないのに10年くらい掛かりましたね。

阪神淡路大震災にしてもそうで、当時私は南大阪に住んでいて震度5弱を初めて経験したのだけど、当時のお仕事の取引先をヘルプするのに神戸方面へ水を担いで行ってたりはしてた。こちらに関しては知人や関係者が被害にあったこともあり、日航機墜落事故よりは身近な経験。上京した後でも地震発生した早朝には起きていて特別番組を流すFMラジオを聞きながら黙祷するということ15年続け、それを個人的に切り替えて本当の日常に戻ったという感じ。

個人的に身近にあった(直接の関係はほとんどない)大きな2つの事件・災害でも関係者っぽくなってしまってそれを自身の中で消化するのには時間が掛かってしまった。実際に直面した当事者の方々におかれましては、心に抱えてる感情を想像するだけでこちらも気が滅入ってしまいそうになる。

そういうことを考えるに、一応成人している人間でもそうなるのに、未成年に自粛を促すような教育をしてどうするんだと思うのです。わざわざトラウマを植え付けるような教育は教育じゃないよ。祝い事は祝い事としてやればよい。圧倒的な自然災害で起きた悲劇に関しては、今後自身が当事者になったときにどのようにすれば良いかを教えればよかろう。

生きてる人を過去に引き止めるようなことはするな。前に進めるようにしてやれよ、と思うのであった。

タイトルとURLをコピーしました