晩ごはん(献立)をどうするか考えてしまうことについて

晩ごはん(献立)をどうするか考えてしまうことについて

料理エントリをアップしているとサムネイル画像がずらっと並ぶわけで、それとエントリタイトルを改めて眺めていると「あー、最近豚こま多いなぁ」などと思ったりはする。

ただそれでも毎日多少は変化を付けようとは思うので、味付けだの使用する野菜などを入れ替えたりして完全に同一にはならないようにする程度のことはやる。

副菜や小鉢は変化をつけやすいので、これの組み合わせを変えることで自己満足してみたり。汁物は変化をつけやすいので好きだな。

なんにしても思考のベースとしては、「昨日は〇〇を作ったからそれ以外でなにか」的な感じになる。同じものを作ったときは、「めんどうくさくなった」というのが原因であることは多い。めんどうくさいのも極まると、作ることそのものを拒絶するようになってピザを注文したりするのだが。

昨日は、『毎日献立を考えるのは大変だけど実は「日本は家庭料理に求めるレベルが高すぎる」らしい→海外の食事情に衝撃を受ける人々 – Togetter』というまとめを読んだ。

どうにも毎日献立を考えて極力違うものを出そうとするのは、日本だけ(ではないかもだけど)の特徴なようだ。たとえばカレーを多めに作ったとして、なくなるまでカレーライスとして食べるかというと違って、翌日はドリアにしてみたりとアレンジすることがある。

まとめを読んで衝撃を受けたわけではなくて「へぇ、そうなのか」程度の感想なのだけど、やはり毎日同じだと飽きる人が多い印象はある。

好きなものであれば毎日でもよさそうな気はするのだけど、それも4〜5日連続してしまうと「なにか違うものでも作ろう」という気になる。なにか身体に足りていないものを、自然と欲するようになるので結局続かないのだよな。

「栄養バランス考えて」みたいなことはあまり思ったことがないが、身体が勝手に要求するからそれに任せると結果、同じものが続かないということになる。「だから日本人は長寿なのだ」とまとめ内にはあったけど、本当にそうかもしれない。

それにしても、学校給食とか病院食の献立を考えてる方々というのはすごいと思う。基本、そういうのが楽しくないとできないのではなかろうか。

というわけで、これからも適当に日々の料理は続けていくと思うけれど、まぁ強迫観念で「違うもの作らなきゃ」みたいなことにはならないようにしたい。